おのぼりやす、おくだりやす 京都愛宕研究会BLOG

【会員通信】PART4 愛宕ケーブルについて
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    「昔の方が楽だった」
     京都市内 西に聳える924mの愛宕山。山頂には全国愛宕神社の総本山京都愛宕神社が鎮座する。清滝の二の鳥居から登る表参道は、山頂の愛宕神社まで4.2kmの道のり。普通では約2時間30分の登山コース。特に三合目までは急な階段が続く、本当にしんどい山道。
     しかし70年前には、ケーブルカーがあって清滝から10分足らずの乗車で八合目まで楽に上がれたのです。
     愛宕山鉄道、鋼索線(ケーブルカー)は、清滝駅から山上の愛宕駅までの2.1km、(開業当時では日本最長距離)を約10分で結んでいた。開業は1929年(昭和4年)7月26日、愛宕千日詣りに合わせてのものだった。開業当時は人出が多く、乗るのに行列が出来ていた。そのため定員オーバーで、よく止まったと地元の方の話。
     山上駅の愛宕駅周辺は、当時の新聞に「地上の楽園」と称されるくらい、一大レジャーゾーンとして開発が進み、愛宕ホテル、愛宕遊園地やキャンプ場などが造られた。特に愛宕ホテルは山上にも関わらず風呂があったり、トイレも水洗式だったそうだ。
     しかし、にぎわった期間はわずかで、太平洋戦争終盤の1944年(昭和19年)戦況激化による「不要不急」で、鋼索線(ケーブルカー)は廃止、それに伴って愛宕ホテルや遊園地は撤去された。ほぼ同時期に造られた比叡山のケーブルカーやロープウエーは、戦後復活したが、愛宕山は復活することはなかった。
     昔は楽にお参りできた愛宕神社、今では自分の足で登らなければ神社にお参りできない。便利な時代だからこそ、苦労し登ってお参りする価値があるのでは。

     清滝二の鳥居を登り始めて民家を過ぎると、右手に愛宕ケーブル廃線跡が残っている。皆さんも今度、愛宕山に登るときにはこの廃線跡を見て、当時の華やかな時代に思いをはせてはいかがですか?


    当時のケーブル清滝駅
    電車の左に表参道が見える


    (K・H)
    | メンバー | 会員通信 | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
    【会員通信】PART3 愛宕の茶店
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       京都の西北にひときわ高く、佇んでいるのが、愛宕山である。
       見る場所によっては鳥が羽根を広げたようにも見える。
       一般的には“あたごさん”という愛称で呼ばれている。

       鳥居本の1の鳥居から山頂まで50丁(約5.5km)。人々は愛宕神社へ月参り、祈願、御礼詣り、3歳詣り、そして愛宕講詣りに、はた又健康ブームで、登山を楽しむ人達が険しい坂道を登って行く。
       現在は毎日登る人が10数人、それも早朝夜明け前から登る人たちが増えている。

       今や参道で休憩する店もなく寂しい限りですが、所々に昔住居があったような石組みのある場所が見受けられる。
       そうです、ひと昔前(江戸時代から昭和の初期)までは宿場町清滝から1丁毎に茶店があったのです。
       茶店では参拝者にお茶の接待をしたり、愛宕名物「しんこ」という米粉で作った団子を売っていた。愛宕講でお参りする人々には講札を軒先に掲げていて各地区の講詣りを受け入れていた。
       上の方へ登るほど谷が深く眺望も良くなり、素焼きで作った「かわらけ投げ」など趣向を凝らして楽しませていた。特に古典落語「愛宕山」では25丁目での話をおもしろおかしく語られている。

       山岳信仰が盛んであった頃は愛宕山参道や愛宕神社は想像できないほど賑わっていたと思われる。
       ところが時代が進み昭和の初期に清滝から愛宕神社の近くまでケーブルカーが営業を始めたために、参道の茶店はなくなっていった。
       過日(平成24年4月29日)京都愛宕研究会のメンバー達が往時の茶店の様子を25丁目で再現をした。


      研究会によって再現された茶店


      (S・N)
      | メンバー | 会員通信 | 20:12 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
      【会員通信】PART2 愛宕山と三角点
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         愛宕山の高さって、どのくらいだろう。
         確認するのに一番確実な方法は、国土地理院の地図を見ることだ。「京都西北部」2万5千分の1地形図を見ると、愛宕神社と記してある横に『924』とある。この数字が愛宕山の高さ924mであり一番高い所である。
         ところが、愛宕神社の北約2センチばかりのところの地図を見ると△印があり、『890.1』と記してある。これは何なのか?ここには「三角点」というものがあって、890.1が三角点の位置の高さを示している。かつては、ここに花崗岩の15センチ角の三角点標石が埋設されていたが、地盤が崩壊して現在は金属標に変わっている。この三角点というのは地図を作るときに重要で、緯度・経度・高さ等を測量し、見通しの利く場所に設置されたものである。だから、ここの三角点は神社よりは低いが、見晴らしのいい場所にある。因みに、この三角点が最初に測量されたのは、明治36年8月23日である。
         愛宕山のように、神社まで誰も迷わず登れる道がある所はいいが、例えば、岐阜の奥深い山頂まで辿り着こうとするには、地図とこの三角点が登山家にとっては何よりの目印なのである。
         愛宕山の三角点へは神社から15分足らずで行けますので、皆さんも一度自分の目で「三角点」を確認されてはいかがでしょうか。


        愛宕山の三角点


        (M・O)
        | メンバー | 会員通信 | 19:30 | comments(1) | trackbacks(0) | - | -
        【会員通信】PART1 あたごと祇園祭り
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           いよいよ7月、京都では祗園祭のはじまりです。
           京都祇園祭の山鉾行事が、平成21年(2009)にユネスコの無形文化遺産に登録されました。その登録のために、どのようにして鉾が建てられるのかを調べさせていただく機会がありました。そこで驚いたことがあります。鉾の真木に愛宕のお札さんが貼られていました。みなさんはご存じでしたか? 霰天神山では、火伏せと雷除けのお札さんが販売されていることをご存じの方も多いと思います。また、山鉾町の会所や蔵に愛宕のお札さんが貼ってあるのは不思議ではありませんが、鉾にあったのは大変意外なことでした。
           確実に確認ができたのは放下鉾と函谷鉾。放下鉾では八坂さんのお札さんと並んで真木に飾られます。函谷鉾では真木に貼られていましたが、鉾建てが終わると隠れてしまうので、鉾建ての最中と解体の際に観ることができます。
           放下鉾のお町内の方に、何故愛宕のお札さんも飾るのかを尋ねてみたところ、「昔からしていることなので何故かはわからないけれど、やはり疫病と同様に火事も昔は大変なことだったからかもしれない」というようなお話しでした。

           夕暮れに、お囃子を聴きながら人混みに流されて山鉾を観に行くのも楽しいですが、私のお薦めは鉾建てです。今年は懸装品が付く前の山鉾に愛宕のお札さんを見つけることができないか、いろいろと散策しようと思います。みなさんも、もし他の山鉾に愛宕のお札さんが貼られているのを見かけたら、ぜひ情報をお寄せください。

          注意)鉾建ては決められた時間内に建てなければならないのと、釘を使わずアラ縄でくくって組み上げていくので、近寄ると大変危険です。会所も部外者は立ち入り禁止なので、邪魔をしないように見学しましょう。


          写真1)
          放下鉾の「ハシリ」にて、お札さんが見えます。蔵の中にも貼ってあるそうですが、私は女子なので蔵には入れません。なのでここから撮影。


          写真2)
          放下鉾の会所の2階にて。駒札のようなものに貼られた愛宕さんのお札が見えます。右側に八坂さんのお札が貼られます。


          写真3)
          会所の2階にあったものが、ちょうど赫熊(しゃぐま)の下あたりに取り付けられます。これも鉾が起き上がると赤い綱隠しの中に隠れてしまいます。


          (H・N)

          | メンバー | 会員通信 | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
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